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鹿児島地方裁判所 昭和39年(行ウ)3号 判決 1965年8月09日

原告 上野喜左衛門

被告 鹿児島税務署長

訴訟代理人 高橋正 外五名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が昭和三八年五月八日付をもつて、原告に対してなした昭和三七年度分所得税の申告納税額二九〇万一二〇円に対する原告の更正申立を却下した決定を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因としてつぎのとおりのべた。

一、原告は昭和三八年三月一五日被告に対し昭和三七年度分の所得税について、総所得金額一、七一九万二、五八九円、所得税額二九〇万一二〇円となる旨の確定申告をなした。

二、しかし、原告は左に記すとおり昭和三七年六月三〇日、所得税法(昭和四〇年法律第三三号による改正以前のもの、以下同じ)第八条第九項第一五条の六によつて税額控除の基礎とされるべきいわゆる特定寄附金一、〇〇〇万円を寄附していたところ、錯誤によりこれを遺脱して所得税額を算出したため前記金額による確定申告をしたものである。

すなわち、原告は亡母上野カネの遺志に基き自己の出捐を以て学生もしくは生徒に対する学資の支給もしくは貸与の目的で財団法人上野カネ奨学会を設立することを企図し、このため自己所有の日本瓦斯株式会社株券(券面額五〇〇円)一万株、宮崎瓦斯株式会社株券(券面額五〇円)五万株、南国殖産株式会社株券(券面額五〇〇円)五、〇〇〇株、以上券面額合計一、〇〇〇万円を寄附することとし、昭和三七年一月二〇日財団法人上野カネ奨学会設立者総会の席上、将来文部大臣より右法人設立が許可された暁には原告より同法人に対し右株券を寄附すべき旨を右設立者らに申し込み、設立者全員の決議による同意を得てこれを約したところ、同年六月八日文部大臣より右法人が民法第三四条の公益財団法人として設立を許可されたので、原告は右約旨に基き同年同月三〇日右株券を同法人に名義書換した上同法人に引渡してこれを寄附した。以上の次第で右寄附は所得税法施行規則(昭和四〇年省令第一一号による改正以前のもの、以下同じ)第六条の三第一項第三号ロ6に該当する右法人に対してなしたものであるから、右株券相当額金一、〇〇〇万円は前記所得税法各条項所定の税額控除を受ける特定寄附金にあたり、該当法条によつて算出すれば原告の昭和三七年度所得税については金二八万三、八五一円の税額控除をした金二六一万六、二六九円を以て正当とすべきものであつた。

三、そこで原告は昭和三八年四月一五日被告に対し右理由に基き更正請求をなしたところ、被告は同年五月八日右請求を却下したので同年六月一二日被告に対し異議の申立てをなしたが被告は同月二六日これを棄却した。そこで原告は同年七月八日さらに熊本国税局長に対し審査請求をなしたが、同局長は昭和三九年四月九日附をもつて右審査請求を棄却し、その旨を原告に通知した。

よつて、原告は被告に対し請求の趣旨記載の判決を求める。

被告指定代理人らは主文同旨の判決を求め、請求原因事実に対する答弁としてつぎのとおりのべた。

一、原告主張事実中、原告が昭和三七年度分の所得税についてその主張のとおりの確定申告をしたこと、財団法人上野カネ奨学会が民法第三四条の公益財団法人として原告主張の日に設立許可されたこと、原告主張の株券がその主張の日に右法人に名義書換えされたこと、原告主張のとおり原告より被告および熊本国税局長に対しそれぞれ更正請求、異議申立、審査請求がなされ、いずれも却下乃至棄却されたこと、はいずれも認めるが、その余はこれを争う。

二、原告は右株券について昭和三七年一月二〇日右法人の設立代表者上野喜一郎に対し寄附申込をなしたところ、同日設立準備会議の席上右法人の設立者七名全員一致でその受入れが決議されて右株券が右法人の唯一の基本財産となつたので、原告は右株券を右法人の設立のために右同日寄附したものというべきであり、その名義書換が法人設立許可後になされたからといつて原告の寄附を名義書換の時になされたものとし既に存在する法人に対する寄附とすることはできない。よつて右寄附は所得税法施行規則第六条の三第一項第三号ロ6に規定する既存法人に対する寄附ではなく、従つて右寄附株券相当額は所得税法第八条第九項第一五条の六による税額控除の基礎とならず、原告の確定申告更正請求に対する被告の却下決定に違法はない。

(証拠省略)

理由

一、原告が昭和三八年三月一五日被告に対し昭和三七年度分の所得税について、総所得額金一、七一九万二、五八九円、所得税額金二九〇万一二〇円とする確定申告をしたこと、右申告所得税額につき原告が同年四月一五日被告に対しその更正請求をなしたところ、被告において同年五月八日これを却下したこと、財団法人上野カネ奨学会が昭和三七年六月八日公益財団法人として設立を許可されたこと、原告主張の株券計六万五、〇〇〇株、券面額合計一、〇〇〇万円につき同年同月三〇日原告より右法人に名義書換がなされたこと、はいずれも当事者間に争いがない。

二、そこで原告主張の寄附額金一、〇〇〇万円について所得税法および同法施行規則による税額控除が認められるか否かを検討するため、右寄附が財団法人上野カネ奨学会設立後同法人に対してなされたものか、同法人設立前その設立のためになされたものかについて判断する。

いずれも成立に争いのない甲第一号証の一、二、乙第一号証の一、二、四、五、七および証人上野喜一郎、同高田光義の各証言(いずれも後記措信しない部分を除く)並びに弁論の全趣旨によれば、原告は亡母上野カネの遺志に基き女子学生に対し奨学金を貸与する等その修学を援助する目的で同女の名を冠した財団法人上野カネ奨学会を設立することを計画し、その基本財産とするため自己所有の日本瓦斯株式会社株券一万株、宮崎瓦斯株式会社株券五万株、南国殖産株式会社株券五、〇〇〇株を出捐することとし併せて寄附行為(定款)を起草したが、その設立の実際の手続は原告の子である訴外上野喜一郎にこれを委ね、この結果同訴外人ほか六名が原告の意をうけて右法人の設立者として所要手続にあるたこととなつたところ、昭和三七年一月二〇日右設立者らの会議の席上原告出席の下に原告の草案に基いて寄附行為(定款)が作成されたうえ、原告の右設立者に対する寄附申込書申入れに基き右株券を総計金一、〇〇〇万円と評価して法人の唯一の基本財産とし、併せて原告の銀行預金三五万円を運用財産として右法人設立のため受け入れることが満場一致で可決決定され、その際原告において文部大臣より法人設立許可のあり次第右株券を同法人に名義変更することを約し、その後所定手続を経て前記争いのない設立許可に至つたのち右株券の名義変更がなされたことを認めることができる。

ところで財団法人の実体は寄附財産にあり、主務大臣による設立許可は法人に帰属すべき基本たる寄附財産の存在を前提として与えられると共に、右財産は設立許可の時より当然に法人に帰属するものであり、これを右認定の設立経緯にかゝる本件法人の場合についてみてみると、原告出捐にかかる前記株券は同年六月八日文部大臣により法人設立が許可されたことによつて遅くとも同日原告の所有を離れて財団法人上野カネ奨学会の成立の基礎たる財産としてこれに帰属するに至つたものであり、これによつて原告の右株券の寄附は完成したというべきである。従つて、右寄附は右法人の設立のためになした寄附とみるのが相当である。証人上野喜一郎、同高田光義の各証言中右認定に反する部分は措信できず、他に原告の寄附が法人として成立後の右法人に対してなされたとみとめるに足る証拠はない。(尤も株式の譲渡は株券に裏書又は株券と譲渡証書の交付によることが必要とされているが、これは株式譲渡の効力が物権的に生ずるには右の方法を遵守することが必要とされているにすぎないと解されるのみか、財団法人の基本財産の寄附とその法人への帰属の関係は前記のとおりと解されるので、右の点は右認定の妨げとならない。なお原告は株式の名義書換を以て寄附行為の完了と主張しているが株式の名義書換は商法第二〇六条第一項で明らかなように、名義書換がなければ株式譲受人は株式の移転を会社に対抗しえないことすなわち会社に対し自己を株主として取り扱うべきことを主張しえないというだけのことであつて株式の移転自体は名義書換となんら関係がないので右主張はこれをとることができない。)

三、ところで所得税法施行規則第六条の三第一項第三号に定める特定寄附金とは法文の文言(「法人」、「民法第三四条の規定により設立した法人」)を同項第二号と対比して考えると設立後の法人に対してなした寄附金に限られ、第二号の場合と異なり法人の設立のためになした寄附金を含まない趣旨と解するのが相当である。

四、以上によれば、原告の前記寄附は所得税法第八条第九項第一五条の六にいう特定寄附金には該当しないから、本件所得税額の決定については右寄附株券相当額につき寄附金控除としての税額控除をなすべきではない。

しからば原処分には原告主張のような違法不法の点は認められないから原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松井利智 横畠典夫 小林昇一)

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